

リトルテクちゃんの大冒険

01
ストーリー第二次世界大戦日本軍は真珠湾侵略攻撃を仕掛けた。しかし、その後ミッドウェー作戦に敗北し、アメリカ軍は沖縄へと上陸した。当時、首里高等女学校の生徒達はずいせん学徒として石部隊に同行し負傷兵の看護にあたる。目まぐるしく変わる情勢の中、日本軍とアメリカ軍の戦いの中で多くの命が失われた。
02
ずいせん学徒の軌跡
戦争という過去の過ち、、、
日本軍とアメリカ軍の戦いの狭間で、、、
まだ、幼く無垢で純粋な魂達は未来を閉ざされ訪れる平和な世界を知ることもなく多くの人々がこの世を去ってしまった。沖縄戦の犠牲になった看護団、ずいせん学徒の儚いストーリー。
平和を願い、、、そして、戦争の過ちを二度と繰り返しては行けない、。。。

04
平和のために、、、、
・過去の尊い犠牲から学び。現在、そして未来永劫の平和を願う。沖縄戦せは 21 の中等高の生徒たちが戦場に動員。女子学徒は 15〜19歳 が看護活動。男子学徒は 14〜19歳 で上級生は鉄血勤皇隊、下級生は通信隊に配置された。沖縄戦で多くの学徒たちが学業半ばで短い生涯を散らした。




●平和を愛する人の為に、、、
この映画を沖縄戦で亡くなられた方々、
ずいせん学徒の亡くなった方々、
そして、宮城巳知子さんに捧げます。
トニー上原 ドリプロフィルム
私はうちなーんちゅであり、母方から琉球王朝の血を受け継いでいます。上京し広い視野で自分のルーツである沖縄を改めて深く知る事が出来ました。
世界では戦争の被害でもっと酷い国や人種差別なども様々な問題と不幸な方々もいます。
沖縄戦の事を深く調べてみれば見る程、第二次世界大戦は
様々な沖縄意外の人達の多くも戦争の犠牲者となっている事実を知りました。
沖縄、日本軍、アメリカ軍と皆家族があり、それぞれが戦争の被害で不幸を味わっています。
沖縄戦の被害は色々と複雑な事が重なり、更なる深刻な不幸を拡大させて、その記憶は今も尚根強く残っています。当事者からすれば至極当然の事です。
批判する声も有ると思いますが、冷静に判断すると沖縄は地理的に危険性が常にあります。
そして、私には今の沖縄は様々な危険から守られているとても良い場所である事にほっと胸を撫で下ろし、心から感謝の意を抱いています。
この作品を手掛けながら、常に尊い犠牲への弔いの気持ちと、本当はアメリカ、日本、沖縄の誰もが平和を願っていたことだったのだろうと何度も思いました。
この事を意に留めて、その高貴な思想が歪められ、
争いに発展しないよう、それぞれの見地や立場から正しく理解しこれからも伝えて行きたいと深く思いました。
そして、それぞれが足りなかった部分を正して前にすすむ事が大切だと改めて感じます。
沖縄戦と言う教訓から学び何か出来る事が有ればと感じます。
今まさにウクライナの若く幼い子達が戦争の犠牲者になっています。平和を伝えるわたし達に微力な一個人ですが、何かできる事が有ればと感じます。

ずいせん学徒の沖縄戦

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